〈フランス映画駄話〉『アメリ』でパリの空想旅行を楽しもう!

Supported by 大塚製薬

トリコロル・パリの「フランス映画駄話」。前回のパート1に引き続き、2001年に公開され世界中で大ヒットを記録したフランス映画『アメリ』について、あれこれ自由につづっていきたいと思います。フランスの自然派ビスケット「ジェルブレ」の公式サイトでも、トリコロル・パリがおすすめする「ジェルブレと楽しむフランス映画」のコラムを担当していますので、そちらもぜひチェックしてみてくださいね→コラムはこちら

→ 〈フランス映画駄話〉パリ愛が詰まった『アメリ』をさらに楽しめる裏話 を読む

映画『アメリ』フランス版予告編
引用元:France 3 Paris Ile-de-France

一大ブームを起こした「好きなものと嫌いなもの」

『アメリ』のすごいところは、単純に映画がヒットしただけでなく、その語りのスタイルや技法、世界観までもが多くの人に愛されブームとなり、パロディや目配せ、オマージュという形でさまざまなメディアが真似をし、その後の映像作品に計り知れない影響を与えた点。

特に注目されたのは登場人物の個性的な紹介シーンで、好きなものと嫌いなものをただ羅列するだけなのに、不思議とその人柄が手に取るように分かるというもの。アメリが好きな「クレームブリュレをスプーンで割ること」が最も有名ですが、他にも、フィギュアスケートの衣装を見るのが好き、湯船につかりすぎて手がシワシワになるのが嫌い、鞄の中のものを全て出して掃除をしてもう一度入れ直すのが好き、指の骨を鳴らすのが好き、エアパッキンをぷちぷちつぶすのが好き、プールから上がって水着が体に張り付くのが嫌い、飼い猫のためにミルクを入れた陶器のボウルを、タイルの床に置いたときの音が好き・・・など、誰もが共感できることから、ちょっと理解しがたいことまで、十人十色のこだわりを簡潔かつスタイリッシュに描いています。「J’aime, Je n’aime pas(好き、好きじゃない)」と自己紹介をするアメリ・スタイルは、今も雑誌の企画やブログなどでよく見かけます。J’aime les biscuits Gerblé(私はジェルブレのビスケットが好き)なんて挙げるのもフランスっぽくておしゃれかも。

このシーンのアイデアは、1989年にジュネ監督が撮った短編映画『僕の好きなこと、嫌いなこと(原題:Foutaises)』がベースになっています。主演はジュネ作品の常連俳優ドミニク・ピノン。『アメリ』では絶妙に嫌〜な感じのカフェのテープレコーダー男を好演しています。

短編映画『僕の好きなこと、嫌いなこと』
引用元:CNC Talent(https://www.cnc.fr)

もうひとつ、「アメリのスタイル」として強烈な印象を残したのが、映画の冒頭シーン。1973年9月のモンマルトル、サン・ヴァンサン通りを飛ぶ蝿の羽ばたきの数を知らせるナレーションから始まり、その同時刻、風に吹かれたテーブルクロスの上でダンスするようにワイングラスが揺れていることや、葬式帰りのムッシューが亡くなった友人の名前を手帳から消していることなど、誰も知り得ない生活のひとコマが息つく間もなく語られ、ついにラファエル・プーランの精子がアマンディーヌ・プーラン(旧姓フエ)の卵子に着床し、その9ヶ月後にアメリが誕生・・・と続きます。

全編通してナレーションを担当したのは名優アンドレ・デュソリエ(『赤ちゃんに乾杯!』や『恋するシャンソン』でもおなじみ)。少し早口で畳み掛けるようなデュソリエの渋い声と、テンポ良く次々と映し出される映像が相まって、なんとも言えないワクワク感が伝わってきます。男性ナレーションを全面に押し出したこの演出は、その後本当に流行りました。他にも、画面に文字を浮かべて解説したり、遠目から勢いよくズームしたりと、これらの手法は大ブームとなり、当時この『アメリ』っぽいナレーションと編集スタイルを真似た映画やCMがたっくさん作られました。

実家の庭のガーデン・ノーム(小人の置物)が世界各地の有名建築の前で記念撮影をし、郵送されてくるその写真を見てお父さんが驚愕するエピソードがありますが、今見ると、10数年後に登場する自撮り文化やインスタグラムなどでぬいぐるみなどを使って観光スポットの写真を撮りまくるブームの先駆けのように感じます。少なくとも、映画が公開された2001年当時は、観光スポットを背景に自撮りしていた人はほとんどいなかったように思います。2020年に見直して、つくづくジュネ監督の先見性に感心しました。

見直して確認したくなる?!映画に隠された仕掛け

冒頭のタイトルバックでは、一人遊びをする子供時代のアメリとスタッフの名前が映し出されるのですが、よーく見ると、アメリの手遊びとスタッフの役職がさりげなくリンクしています。脚本、音楽、衣装、メイク、音響、編集など、アメリがどんな動きをしているかに注目してもう一度見てみると面白いです。

メトロのホームのシーンは、実際のアベス駅ではなく、ポルト・デ ・リラ駅で撮影されました。ポルト・デ ・リラ駅には、電車が通っていない廃ホームがあり、今は映画やドラマの撮影のために使われる撮影用のホームとして知られています。そして、昔のアパートの住人を探すため、八百屋店主コリニョンの両親に会いに行くシーンでは、夫が切符切りを使ってローリエの葉っぱに穴を開けて困ると妻が言うと、「本当はリラの葉っぱに開けたいんだが」というパパ。これはゲンズブールのヒット曲「Le poinçonneur de lilas(リラの切符切り)」と、撮影に使ったポルト・デ・リラ駅へのオマージュだと思われます。

タイトルのフォントは古いアメリカ映画のポスターのようで、これまたピンと来なかった。日本版ポスターとぜひ見比べてみて。

映画の全編通して独特な色彩で彩られていますが、監督曰く「初のデジタル作品で、自由に色を変えられることができたので、今見るとやり過ぎかなと思うほど、色を強調した」のだそう。特に、緑と赤、黄色にこだわり、パート1でも書いたように、ポスターの緑色がとにかく強烈な印象でした。「緑は吐き気とクロロフィルと希望をミックスした色、それに赤や黄色のような暖色系を合わせたい」という監督の思惑があったようですが、ポスターはまさにその3色が使われています。決してフレッシュでナチュラルな緑ではなく、なんだかおどろおどろしい雰囲気の緑。ヨーロッパでは、緑色は幸運を呼ぶ四葉のクローバーの色でもあり、そこから派生して、吉と出るか凶と出るか分からない運まかせの色としても考えられています。あくまでも私の想像ではありますが、小さな「偶然」の重なりが人生を変え、人々に幸せをもたらしていくアメリを象徴する色として、ジュネ監督はこの色を選んだのかもしれません。実際に監督は、「アメリは偶然を描く映画」と呼んでいます。

日本公開時のキャッチコピーは「幸せになる」でしたが、フランスのオリジナル版は「Elle va changer votre vie(彼女があなたの人生を変える)」でした。

水位が上がる瞬間は1日に2度程度。緑色の水門の上にしゃがんで水切りをしていたアメリ。

サン・マルタン運河で水切りをするシーンが2回登場しますが、1回目、水門が閉じられ、運河の水位が上がっている状態でアメリが水切りをしているのは、現実ではありえないはず。カノラマという運河クルーズの遊覧船が通る際にだけ、水位調整のために水が堰き止められ運河の水位が上昇し、その上にある歩行者用の橋から眺めることはできますが、アメリのように水門の上にアクセスするのはNGだと思われます。

友人の死亡の知らせ、アメリの誕生、お母さんの不慮の事故死・・・と、生と死がここかしこに散りばめられています。

普段の広場は遊具が置いてあるのみ。メリーゴーランド横のお土産屋さんはそのまま劇中に登場。そして鳩は常にいる。

アメリとニノが初めて出会うホームには、証明写真機が置いてありますがこれは特別に設置したもの。メトロに写真機がある場合は、改札口の外側に置いてあります。また、サクレクール寺院前のメリーゴーランドのある広場に、二つの公衆電話が置いてあるのも映画の中だけです。

マキシム・ド・パリ アール・ヌーヴォー美術館にあるサラ・ベルナールの寝室。彼女が実際に使っていた調度品をピエール・カルダンがコレクションしている。

アメリの妄想の中に出てくる白黒の葬儀シーン。これはベル・エポックに活躍したフランスの大女優サラ・ベルナールの葬式の映像を映画会社から借りてコラージュしたもの。まるでニノが蒐集していたアルバムのように、これ以外にも、ジュネ監督はさまざまな映像や画像を劇中で切り貼りして登場させています。

『アメリ』は現代の寓話。最初に父と住む実家を出て行くシーンがしっかりと描かれているのは、オズの魔法使いのドロシーしかり、ロード・オブ・ザ・リングのフロドしかり、冒険物語の主人公が幼い頃から親しんだ故郷から旅立つ重要な要素だから。そして、庭の置物として小人を登場させているのは、「この映画はおとぎ話です」というサインのように思えます。アメリの親が毒親とは言いませんが、元軍医のパパに心臓が弱いと診断され(本当は大好きなパパに触ってもらえるのが嬉しくて鼓動が速くなってしまったのが原因)学校に行かせてもらえず、同世代の子供たちとも一切遊ぶことのない特殊な環境で育てられたアメリはかなり気の毒ではあります。芸術作品の永遠のテーマでもある、「父親・母親殺し」に近い何かが『アメリ』にも潜んでいるなと改めて思いました。アメリの場合は、家にこもってばかりいたパパも幸せになるので、ソフトバージョンですね。

ホームで盲目の老人がかけているレコード曲は1933年にFréhelが歌った「Si tu n’étais pas là」。この歌声にふらふらと引き寄せられるようにアメリがホームを歩き、その先に証明写真のゴミをかき集めるニノがいる!アメリがニノと初めて出会うこのシーンに、愛する人を思う甘い歌声がぴったりです。そしてもう1曲、カフェで必ずかかっている英語の歌は、Al Bowllyの「Guilty」。恋する心が罪ならば、僕は罪人だ・・・という歌詞が、それぞれのシーンに重なってぐっときます。

「Si tu n’étais pas là」Fréhel
引用元:Youtube serge1232

ジュネ監督らしさ満載の世界観

独特な世界観で見るものを魅了するジャン=ピエール・ジュネ監督。マルク・キャロと共同で手がけた『デリカテッセン』(1991年)や『ロスト・チルドレン』(1995年)は、時代や国籍をはっきり特定できない舞台設定と、一癖も二癖もある奇妙な登場人物、どこか不安な気持ちにさせる色彩やグロテスクな小道具、一筋縄ではいかない独創的なストーリー展開で、世界中のシネフィルたちをアッと言わせ、1997年には単独でハリウッド映画『エイリアン4』を監督し、その意外性も話題になりました。

『アメリ』はハリウッドからフランスに戻ったのち、2000年の春から夏にかけて撮影された作品ですが、舞台はなぜか1997年のパリ。その理由を語る監督のインタビューを見つけることができなかったのであくまでも私の憶測に過ぎませんが、「人とのコミュニケーション」をテーマにした本作で、当時普及していた携帯電話やインターネットの存在が邪魔だったのかもしれません。アナログ的な時代を象徴するかのように、公衆電話がストーリーのキーポイントとして頻繁に登場し、アメリの意中の人であるニノとのやり取りも、紙の切れ端に書いたメモや貼り紙を駆使して行われています。なんともじれったいのですが、他人と関わりを怖がるアメリが不器用ながらも少しずつ距離を縮めていく様は、携帯やメールでは表現できなかったことでしょう。とはいえ、『アメリ』の構想は『エイリアン4』撮影前にすでにあったそうなので、脚本を書いたのがたまたま1997年だったのかもしれません。

証明写真機に「4枚20フラン」と目立つように書いてあったり、アメリが目の不自由な老人の手を引きながら肉やチーズの金額をフランで言うシーンが差し込まれているところから、ノスタルジックな演出が好みの監督は、数年後には消えてしまうフランスならではの通貨の記憶を、映画に留めておきたかったのかなと想像します。フランスでは2002年にユーロが導入されましたが、その決定は1999年になされていたので、撮影・公開当時はすでに、フランスの日常からフランが消えてしまうことは誰もが知っていました。

フランスのカフェやレストランでおなじみ手書きのメニュー。アメリはガラス板に反転した文字を器用に書いていて、亜土ちゃん並みの才能!と感心したら、あれもCGだそう。

アメリとニノは、劇中、一度も直接言葉を交わすことはありません。カフェを訪ねてきたニノに対しても、ガラスの衝立て越しに無言で答えるだけのアメリ。話すチャンスを逃した自分が情けなくて、泣いてしまうアメリの気持ちが痛いほど分かります。最後の最後まで、二人の間には窓ガラスやドアが隔たります。そんなアメリとニノにどんなラストが待っているのかは、ぜひ映画を見て確認していただきたい。映画を見直すと、ニノに限らずアメリが他人と対峙する時、彼女の閉ざされた心を表すかのようにガラス越しのショットが多いことに気づきます。ふと考えると、今の時代だって、みーんな画面というガラス越しで会話をしているのには変わりがないのかもしれません。スマホやコンピューターという便利なツールを通じて、お互い繋がっている感覚はあるけれど、実のところ、直接会って会話をしているわけではないのだから、90年代後半のアメリの世界と同じ問題を抱えて生きているのかもしれません。

パリ愛に溢れている!!

映画には登場しないメトロ・アベス駅の入口。ギマール作のガラス屋根付きの門が素晴らしい。

パリを舞台にした数多くの映画の中でも、特に『アメリ』は強いパリ愛を感じさせてくれる一本で、旅行者目線ではない、パリに暮らすパリジャンの息づかいが聞こえてくるような風景が画面いっぱいに広がります。ジェルブレのインスタグラムでも数々の『アメリ』のロケ地やパリの素敵な風景を紹介していますが、この映画には、見た人をとりこにし、自然とロケ地めぐりをしたくなる魅力がありますよね。

冒頭からモンマルトルの小道や丘からの眺め、突然自殺者が降ってくるノートルダム大聖堂、アメリが水切りするサン・マルタン運河、ニノと運命的な出会いをするメトロのアベス駅、大人の歓楽街ピガール、ニノが矢印に沿って階段を駆け上がるサクレクール寺院とその足もとにあるメリーゴーランド、アメリが盲人の手を取り待ち案内した後に別れるラマルク・コランクール駅、パリの胃袋と呼ばれグルメな店が並ぶにぎやかなムフタール通り、ライオンの銅像があるダンフェール・ロシュロー広場、アメリがニノを呼び出す東駅、ニノが貼り紙をするカンブロンヌ駅・・・とはいえ、細部にこだわる監督は、街の落書きやゴミをCGで消したり、路駐の車が少しでも見切れていると納得できず撮影を中断したりと、何の変哲もないパリの風景に見えて、実はかなり計算して作り込んだ、きっと監督が理想とするパリの絵になっています。

パリジャンの憩いの場所、サン・マルタン運河は、ジェルブレのインスタグラムにも登場しています。トリコロル・パリが初めて文章を手がけた思い出深い投稿でもあります。

本来はスタジオ撮影を好むジュネ監督でしたが、貸しスタジオの価格が値上がりし、その上CGの費用も予想以上に高く付き、街ロケで予算調整せざるを得なかったそう。結果的に、パリの隅から隅まで色んな表情を堪能できる唯一無二の作品に仕上がりました。公開当時は、あまりに完璧に作りあげられた美しいパリの街並みや、白人以外のキャストがほとんどいないことに反感を覚え、「アメリは虚構の世界だ、現実離れしすぎている」と批判するフランス人も少なくなかったと聞きます。それでも、ジュネ監督が自らの美意識を貫いて生み出したアメリの世界は、誰の心にもある「大好きなパリ」の姿や人とのつながりを体現していて、20年近く経った今も世界中の人々を魅了してやまないのだと思います。

心に残る粋なフレーズ

写真の一番下中央にある赤い缶が現在のベルガモット・ドゥ・ナンシー(ピンボケですみません)。劇中でアメリが見つける宝物の缶のデザインとは少し変わっている。小物にこだわるジュネ監督のこと、撮影では50年代のアンティークを使っているはず。

フランス映画のご多分にもれず、アメリを取り巻く登場人物はとにかくおしゃべり。疲れた心にじんわりと沁みるフレーズや人生を応援してくれる言葉、映画を見終えたあとにふと思い出してしまうエスプリの効いたセリフががたくさん詰まっています。最後にひとつ、子供時代の宝物が入った缶を受け取った中年男のブルトドーのせりふを紹介します。カフェで隣にいたアメリに向かってポツリとつぶやくこの言葉、今聞き返すとジーンときますなぁ。

「ガキの頃は時間がだらだらと続いていたと思ったらある日突然50歳になっちまう。でもって子供時代に残ったものはこんなちっぽけな錆びた小箱に収まってしまう」
〜昔の住人、ブルトドー

映画『アメリ』は、登場人物すべてが愛おしい名作!まだ見たことがないという人はもちろん、当時見たという人も、必ず新しい発見や気づきがあると思いますので、この機会にぜひご覧ください。もちろん、映画のおともは、フランス気分を盛り上げてくれる大好きなジェルブレのビスケット。カフェオレやショコラショーをお気に入りのボウルやカップに入れたらスタンバイOK。アメリの世界にどっぷり浸ってください〜。


→ 〈フランス映画駄話〉パリ愛が詰まった『アメリ』をさらに楽しめる裏話

→ジェルブレ公式サイト「ジェルブレと楽しむフランス映画・アメリ」

\トリコロルがパリの情報を週2回届けます!/
→ジェルブレ公式インスタグラム @gerble_jp

\トリコロルのお気に入りビスケットをチェック!/
→「フランスで見つけたおいしいもの」ジェルブレの「イチジク&ブランビスケット」


 

No Comments Yet

Leave a Reply

Your email address will not be published.