〈フランス映画駄話〉『最強のふたり』が魅力的な理由。

引用元:Allocine.fr
~ あらすじ ~

不慮の事故により車椅子の生活を送る大富豪のフィリップ。世話係の面接にやってきた移民の若者ドリスに興味をひかれた彼は、周囲の心配をよそに、看護の経験どころかまともな職にすら就いたことのないドリスを採用する。国籍も立場も年齢も異なる2人だったが、ぶつかり合いながらも心を通わせてゆく実話を元にした物語。

『最強のふたり』予告編
引用元:ギャガ公式チャンネル

日本で、いや世界で最も観られたフランス映画

普段あまりフランス映画に興味がなくても、この『最強のふたり』は知っている!という人は多いのではないでしょうか?日本で公開されたフランス映画の中で歴代1位の観客動員数を記録した作品で、公開から9年経った今もトップの座を守り続けています。日本とのゆかりは深く、2011年11月のフランス公開に先駆けて、同年10月に開催された第24回東京国際映画祭にて初上映され、最高賞にあたる東京サクラグランプリに輝き、主演の2人も最優秀男優賞をダブル受賞しました。その後、本国では映画史上2位の観客動員数を記録し、フランスのセザール賞やアメリカのアカデミー賞をはじめ、世界各国で高く評価され、あの『アメリ』を抜いて、「国外で最も観られたフランス映画」の記録も更新した大ヒット作です。それにしても、世界に先駆けていち早く賞を贈った東京国際映画祭、素晴らしい先見の明ですよね!

圧巻のオープニング!

しょっぱなから白状しますと、この映画、最近になるまで観たことがありませんでした。2011年の公開当時すでにフランスで暮らしていたので、社会現象とも言える大ブームを目の当たりにしていたのですが、困難な状況を生きる二人が主人公と聞いて、さぞかしシリアスで重苦しい(またはお涙頂戴に徹した)映画なんだろうと思い込み、あえてスルーしていました。おすすめのフランス映画!と元気いっぱい宣言していますが、この映画の素晴らしさは、きっと読者の皆さんの方が随分前からご存知かもしれません(汗)

そんな私の勝手な思い込みは、映画開始ほんの数秒で吹き飛ばされました。高級車のハンドルを握る黒人青年と助手席のシートに深く沈み込むように座る髭面の白人中年。夜のパリを爆走する謎の車はパトカーに追われ、二人は拳銃を持った刑事に取り囲まれる・・・まるでフィルム・ノワールのようなカーチェイスから始まる冒頭シーンですが、話は思わぬ方向に進み、ついには障害者であることをある意味「悪用」した奥の手でピンチを切り抜けるというまさかの展開に。え、こんな不謹慎なノリでいいんでしょうか?と見ているこっちがドキマギしますが、警察を見事に騙せたと大笑いする彼らに、「かしこまらずに気楽に笑って観てくれていいんだよ」と言われたようで肩の力が一気に抜けていきました。アース・ウィンド&ファイアーの名曲「セプテンバー」をバックにノリノリでドライブを続ける二人の軽やかさが、『最強のふたり』を終始一貫して包んでいます。

自叙伝から映画化へ

実際のフィリップさん
引用元:Hopitaux Universitaires de Genève

実話の二人はフィリップ・ポゾ・ディ・ボルゴさんとアブデル・ヤスミン・セルーさん。フィリップさんは名前も境遇も劇中の役柄とほぼ同じですが、介護人ドリスのモデルのアブデルさんはアルジェリア出身のアラブ系移民です。のちほど触れますが、ドリス役をオマール・シーにぜひ演じて欲しいという監督の意向により、セネガルからの移民に置き換えられました。映画の元となった「Le second souffle(邦題:A second wind)」は、フィリップさんが執筆し、2001年に出版された自叙伝。本の中では、彼の生い立ちやパラグライダーでの事故後、首から下が麻痺して動かない重い障害を負ってからの車椅子での生活が中心に綴られており、介護人アブデルさんとの話はさほど多く触れられていません。二人の物語が初めてフランス中に知れ渡ったのは、有名ジャーナリスト、ミレイユ・デュマが司会を務める「Vie privée, vie publique」という番組に、2002年に出演したのがきっかけでした。強い関心を持ったデュマはさらに二人を追い、翌年ドキュメンタリー映画「À la vie à la mort」を制作します。そして、このドキュメンタリーを観たエリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカシュ監督が映画化を目指すことになるのですが、当時はまだ、テーマを正しく扱える自信がないと感じ一旦保留します。2008年に別の作品「Tellement proches」(日本未公開)を監督した後、初めてフィリップ・ポゾ・ディ・ボルゴさんに会いに行きます。すでにその時点で、たくさんの映画化のオファーを断っていたフィリップさんでしたが、トレダノ&ナカシュ監督の「コメディという角度からあなたの物語を撮りたい」という強い思いに動かされ、「笑える映画であること」を条件にOKを出します。本の出版からテレビ番組、ドキュメンタリー映画を経て実に10年の歳月をかけて映画化に辿り着いたというわけです。もっと早くに映画化は可能だったはずですが、あくまでもコメディにこだわり続けたフィリップさんと、彼の思いを見事に映像化したトレダノ&ナカシュ監督の出会いがなくては世界的な大ヒットを記録する映画は生まれなかったでしょう。

ラジオ番組でフィリップさんとの思い出を語るアブデルさん
引用元:Europe 1

こちらの動画のインタビューを聞く限り、実際のアブデルさんの生い立ちやフィリップさんと出会うまでの暮らしぶりは、映画のドリスの何十倍もひどく、浮浪者同然だったとのこと。劇中、前科者を雇うフィリップを心配する近しい人たちの姿が描かれますが、実際はそれ以上の反発があったそうです。それでも、不採用になるつもりで臨んだ面接でフィリップさんと出会ったアブデルさんは、ものの1時間で仲良くなれたと語っています。本当に、事実は映画(小説)より奇なり、ですね。それにしても、アブデルさんのおしゃべりはとにかく面白い!独特のユーモアを交えながら、遠慮なくあけすけに語る姿は、オマール・シー演じるドリスそのものです。

オマール・シーというスタア誕生の物語

引用元:Allocine.fr

ドリス役を演じたオマール・シーは1978年生まれの現在45歳。映画出演時は33歳でした。元々、「オマール・エ・フレッド(Omar et Fred)」という二人組の芸人で、2005年にCanal+でスタートした「Le Service après-vente des émissions(テレビ番組のアフターサービス)」という2〜3分程度のミニコントの人気によりフランスで名前が知られるようになりました。視聴者から番組のアフターサービスに電話がかかってくるというシチュエーションで、色んなキャラクターを二人が交代に演じています。ひとネタのスピードが速く、ボケとツッコミのキャラが入れ替わるスタイルが新鮮で、漫才ではないものの、当時観ていた私は「フランスにも笑い飯のようなスタイルが登場した!」と驚いたものでした。

ネタ中にも関わらず思わず笑っちゃうオマールがかわいい
引用元:eviljulot

前述したようにドリスはオマールのために当て書きしたようなキャラクターで、生い立ちも似ています。オマールはパリ西側の郊外イヴリーヌ県トラップの出身で8人兄弟。お父さんはセネガル、お母さんはモーリシャスからの移民です。劇中、ドリスの家族が暮らす「HLM(アッシュエルエム)」と呼ばれる低所得者向けの公団住宅が並ぶエリアはパリ郊外に多く存在し、まさにオマールが生まれ育った環境に近いものでしょう。余談ですが、『アメリ』で八百屋のリュシアン役を演じたコメディアン、ジャメル・ドゥブーズも同郷で、オマールの兄と同級生だったことから繋がりがあり、高校生の頃からジャメルに声をかけてもらってお笑いの劇場に出入りしていたそうです。

お笑い芸人として人気を得たオマールは、映画界にも少しずつ進出して行きます。トレダノ&ナカシュ監督は、自身の作品に端役で参加していたオマールを気に入り、『最強のふたり』では名優フランソワ・クリュゼとのダブル主演に大抜擢。どうしてもオマールに演じて欲しいと、アラブ系移民をセネガルからの黒人の移民にキャラクターを書き換えました。セザール賞では主演男優賞に輝き映画俳優として確固たる地位を確立。『最強のふたり』の世界的ヒットを受け、『X-MEN: フューチャー&パスト』『ジュラシック・ワールド』『インフェルノ』など、ハリウッド映画でも活躍するフランスを代表する人物となりました。

最近ではなんと言ってもNetflixオリジナル作品の『ルパン(LUPIN)』が世界的に大ヒット!フランスでは、モーリス・ルブランの原作本のブームが再燃するという現象まで巻き起こりました。この『最強のふたり』の中で真っ白な歯を見せて大笑いするオマールは、現在の活躍ぶりを予感させる魅力で溢れていますよね。

この映画が素晴らしいのは、ストーリーの面白さもさることながら、オマール・シーという新たなスタアが誕生する瞬間の独特のきらめきが詰まっているから、と思わざるを得ません。オマールに白羽の矢を立てた監督、グッジョブです。

バディ映画の歴史に名を刻む傑作

ダメだと思いつつ、釣られて笑ってしまうオペラのシーン
引用元:EngCinema

バディ映画といえば、ざっと思いつくだけでも『ドライビング Miss デイジー』『ダイ・ハード』『リーサル・ウェポン』『テルマ&ルイーズ』『メン・イン・ブラック』『ラッシュアワー』、最近では『ブラック・クランズマン』『ショコラ〜君がいて、僕がいる〜』(これもオマールが主演ですね)『グリーンブック』などたくさんありますが、『最強のふたり』は間違いなくバディ映画の歴史に名を残す1本になりました。今作では二人のキャラクターや状況設定が一辺倒ではなく、多面的に描かれているところが印象的です。二人が少しずつ歩み寄り、お互いの趣味や好きなことを分かち合っていくプロセスは何度見てもワクワクするし、正反対とも言える二人が化学反応を起こして変わっていくバディ映画の醍醐味を味わえます。なかでも、オペラ観劇でフィリップまでもが爆笑するシーンは最高。昔のフィリップなら決してそんなことはしなかったし、そんな人たちに軽蔑の眼差しを向けていたことでしょう。思ったことをズバズバ言って、好き勝手行動するドリスは実際そばにいたら厄介者かもしれませんが、心のどこかでそんな自由奔放さに憧れる部分って誰しもありますよね。

美しいパリとフランスの風景

引用元:Allocine.fr

パリだけではなくフランス地方の美しい風景が登場するのも、この映画を魅力的にしている理由のひとつ。印象的なロケ地をいくつか紹介します。まず、フィリップの豪奢な邸宅はパリ7区グルネル通りにある18世紀初頭の建物「アヴァレー邸」で、1920年からオランダ大使館が入っています。深夜、妄想痛に苦しむフィリップを外に連れ出し、二人で夜食を食べるのがサンジェルマン大通りの老舗「レ・ドゥ・マゴ」。すぐ隣の「カフェ・ド・フロール」と並んで左岸を代表するカフェですね。通常、深夜1時半までオープンしています。半生ガトーショコラに「生焼けだ」とクレームを付けるドリスに苦笑するフィリップは名シーンですね。

二人がオペラを観劇する劇場はパリ2区の「オペラ=コミック座」。スピードアップするよう改造した車椅子で疾走する「レオポール・セダール・サンゴール橋」は通称ソルフェリーノ橋と呼ばれ、右岸はチュイルリー公園、左岸はオルセー美術館近くを結ぶウッドデッキの歩行者専用橋です。橋の名前はセネガルのサンゴール大統領から付けられたもので、ドリスの生まれ故郷への目くばせにもなっています。フィリップが抽象画を鑑賞するシーンは、エッフェル塔の眺めが素晴らしいシャイヨー宮の左翼にあたる「シャイヨー劇場」のグラン・フォワイエ。ドリスに気を付けろと友人がフィリップに忠告するカフェはリュクサンブール公園内の「ビュヴェット・デ・マリオネット」。フィリップが文通相手と待ち合わせたカフェは、ルーヴル美術館近く、コメディー・フランセーズのあるコレット広場に面したレストラン「ル・ヌムール(Le Nemours)」。二人でお揃いのピアスを購入するのは、ヴァンドーム広場にある高級宝石店の「ブシュロン(boucheron)」でしたね。どんだけ仲良しなんだよ!

パラグライダーを楽しむシーンは、フランス南東部のサヴォワ地方にあるスキー場。夏場はパラグライダーが楽しめるのでしょうか。眼前に広がる緑の丘とアルプスの山々が本当に美しいです。そして、ノルマンディー地方カブールの海岸は、南仏とはまた違ったシックな趣きでこの映画のトーンにしっくりハマっています。海辺に面した「グラン・ホテル(Grand Hotel)」も登場します。

長らくパリ旅行ができていない方も多いことと思います。またいつか訪れるその日まで、『最強のふたり』を観つつ、パリ気分を味わってもらえたらうれしいです。